東京高等裁判所 昭和47年(ネ)1145号 判決
昭和四七年(ネ)第一、一六三号事件控訴人
昭和四七年(ネ)第一、一四五号事件被控訴人
新日通商株式会社
右代表者
大友鉄男
右訴訟代理人
平井博也
外三名
昭和四七年(ネ)第一、一六三号事件被控訴人
豊信用組合
右代表者
宮村耕馬
右訴訟代理人
西村真人
外二名
昭和四七年(ネ)第一、一四五号事件控訴人
昭和四七年(ネ)第一、一六三号事件被控訴人
谷林勝
右訴訟代理人
藤森功
主文
昭和四七年(ネ)第一、一四五号事件につき、
本件控訴を棄却する。
昭和四七年(ネ)第一、一六三号事件につき、
本件控訴を棄却する。
控訴人の被控訴人豊信用組合に対する損害賠償請求を棄却する。
本件各控訴費用は各控訴人の負担とし、控訴人新日通商株式会社と被控訴人豊信用組合との間の損害賠償請求につき生じた訴訟費用は、控訴人新日通商株式会社の負担とする。
事実《省略》
理由
一手形金請求について
1 当裁判所もまた結論において原判決と同一に判断するものであり、その理由は次のように附加訂正し、原判決七丁目裏五行目「そして、本件各手形は」から同丁裏九行目終りまでの部分を削除するほか原判決理由一ないし三のとおりであるから、ここにこれを引用する。
2 原判決理由三のうち原判決五丁裏の証拠摘示中「丙第一号証」の次に「当審証人根岸武久の証言、当審における被控訴人谷林勝本人尋問の結果」を加え、同六丁表四行目から五行目にかけて「の裏工作をすることに対して、費用弁償という名目で支払を約された金員の一部であること」とある部分を、「、主として被控訴人組合の理事長、理事、監事など六名の役員の退職慰労金の名目で支出する金員(被控訴人谷林はその自己の分の金員として金二、〇〇〇万円を希望していた。)のほか、古谷が理事長に就任し事業を円滑に行なえるよう関係方面に対する了解工作をするなどの費用にあてるため、総額金一億五、〇〇〇万円、他に古谷の被控訴人組合に対する出資持分として金五、〇〇〇万円、合計金二億円を予定し、その一部支払として交付された金員であること」と訂正する。同六丁裏の反証中、「証人古谷通」を「原審及び当審証人古谷通」とする。
なお本件手形の書換前の手形授受の趣旨は右覚書による契約目的が達成されない場合に古谷の出損を回収するため、すなわち交付した金員の返還請求を確保するためであつたと推認すべきことは、右に引用した原判決理由に示すとおりである。これは被控訴人組合の役員を一新し、古谷が経営権を握るための出損総額二億円の一環であり、とくに覚書記載の第一回の支払分二、〇〇〇万円の一部として支払われた本件の一、五〇〇万円についてはたんに覚書による契約成立と同時に支払うというのみで、それが何のために用いられるかは格別限定してなく、控訴人谷林はそのうち相当額(控訴人は九〇〇万円と主張する)を東京都経済部等関係方面に顔がきくという根岸武久、初川三郎らに渡している本件において、結局当初の計画は不成功に終つたが、その不成功の場合は古谷の出損した金額は全額古谷の側で回収しうるとするのは、この種きわめて不確定要素の多い計画を実現しようとする当事者として、いささか一方的にすぎ、いわば虫のいいやり方で、むしろその場合は参画した当事者双方が失費としてこれを負担するというのが通常というべきかも知れない。しかし、事実は不成功の場合は控訴人谷林において返還することとしたものであること前記のとおりで、不成功の場合でも実質上古谷の利得に帰しているというような事情があれば格別たんに金員の受領を証するためならば前示甲七号証の一の受領書があり、重ねて手形を交付する必要はなく、手形は数度書換のうえ本件手形にいたつており、その間利息支払のため控訴人谷林は一〇〇万円の約束手形を差入れたこともある(丙第四号証、原審控訴人谷林本人尋問第二回)等の事実はやはり控訴人谷林が返還すべきものとする合意のあつたことを示すもので、この合意がいちじるしく不公正で結局公序良俗に反するというほどのものと解することはできない。もつとも右谷林本人は利息支払のための手形振出は本件金員は古谷が他から借りて来たものであるというのでしたと供述しているが、他から借りたものであつても控訴人谷林に返還の義務がないものならば自ら利息を負担するいわれもないといわなければならない。根岸らに渡した金額が最終的にはどのように費消されたか、控訴人谷林自身の手に残つた金額がどのように用いられたかは証拠上明らかでなく、それらの全部又は一部が実質上古谷の利得に帰し、同人にこれを負担せしめるべき特段の事情とするに由ない。結局この点で控訴人谷林が本件の一、五〇〇万円を返還すべき義務を免れないのはやむをえないといわなければならない。
3 控訴人代表者古谷が被控訴人谷林に対し金一、五〇〇万円を交付したのは、公序良俗に反する役員交替に関する覚書に基づく不法原因給付であるから返還請求できない旨の被控訴人谷林の主張について判断する。
金一、五〇〇万円を交付した趣旨は、前記認定(一部引用の原判決認定)のとおりであり、その主要な使途は、被控訴人組合の理事長、理事、監事等六名の退職慰労金名下に交付される一種の贈与であつて、あたかも、被控訴人組合の役員の地位が巨額の対価を得て譲渡される外観を呈し、信用組合の信用の維持と預金者等の保護の見地からは好ましくないとの批判はあるであろう。しかし、そのことによつて、被控訴人組合の定款に基づく、自主的な役員選任が実質的に妨害されたことなど特段の事情も認められず、結果的にみて、覚書の履行はされず、金員の交付も一部のみに止まつている。そして、《証拠》を総合すると、控訴人代表者古谷は被控訴人組合の理事長渡辺酉蔵(以下渡辺という)と逢いその本心を確かめ、代理人に弁護士を選任して正式の契約をした上で金員を支払うつもりであつたが、被控訴人谷林が渡辺と古谷との面談を拒否したため、正式の契約が締結されず、覚書の形式のままで金員の一部を支払うほかなくなり、その見返りとして約束手形二通(本件手形に書換える前のもの)の振出交付を受けたもの(但し、被控訴人谷林個人の支払確保であり、被控訴人組合については後記のとおりその趣旨ではない。)であることが認められるのであり、その資金が役員交替に関する覚書の趣旨に従つて使われるが、覚書の趣旨実現までの暫定的なものではあつても事の性質上まだ成否は未定であり、成功すれば当然返還の要はない反面、不成功に終る場合は返還されるべきものとして、その支払確保のため前記手形を徴したものであることは前認定のとおりである。これらの事情を総合考察すると、覚書の約定に基づく金一、五〇〇万円の支払を公序良俗に反するものということはできないのであり、それは不法原因給付にあたらないものというほかない。したがつて、この点に関する被控訴人谷林の主張は失当である。
4 よつて、被控訴人谷林は控訴人に対し、本件手形の各内金七五〇万円宛合計金一、五〇〇万円、および、内金七五〇万円に対する満期以後の昭和四四年一〇月三〇日から、内金七五〇万円に対する満期以後の同年一一月九日から各支払ずみまで手形法所定年六分の割合による利息金の支払義務を負い、控訴人の被控訴人谷林に対する本件手形金請求は右の範囲で理由があるのでこれを認容し、その余の請求は失当として棄却を免れない。また、控訴人の被控訴人組合に対する本件手形金請求は失当として棄却すべきものである。《以下省略》
(浅沼武 加藤宏 高木積夫)